里で親子の再会が行われてから数時間後、『七夜の里』は・・・

喧騒と酔っ払いの坩堝と化していた。

何が起こっているのか?

簡単に言えば今、七夜一族総出で志貴の帰還を心の底から祝っての祝宴が開かれていた。

いくら当主の一人息子と言え大げさなと思う人もいるだろう。

しかし、七夜ではこれが当たり前。

元々、他家の血を入れる事無く永き時を超えてきた一族である。

その一族の絆はまさしく鉄壁であり、苦難が生じれば一族全てが一致団結・・・いやそのような生易しいものではあるまい・・・一心同体となって事に臨む。

(かつての遠野家による襲撃が最も良い例だろう)

そして、祝い事があれば全員で祝う。

それが七夜の常識であった。

一『祝宴』

「志貴!!いやぁ〜良く帰ってきた!!まあ飲め!!四の五の言わずに飲め!!」

「わ、わかりましたから・・・」

叔父が強引に注ぐ酒を志貴は苦笑しながら飲み干す。

「おおっ!!志貴良い飲みっぷりだぁ〜俺の酒も飲め」

「い、いや・・・もう二十杯以上は飲まされているんですが・・・」

そう、志貴はこの宴が始まってからずっと祝い酒を注がれ飲まされていた。

「皆様、お祝いしてくださるお気持ちはありがたいのですがこのままですとせっかくの主役が酔い潰れてしまいますので・・・」

真姫が柔らかく微笑みながら大人達を窘める。

「志貴、まだ何も食べていないでしょ?少し食べなさい」

「うん・・・ありがとう母さん」

やや赤い顔で料理に口を運ぶ志貴。

「ん・・・うん・・・おいしいや」

その声に何処からか

「やった!!志貴君に褒められた!!」

と、声が聞こえた。

その瞬間、

「しー君!!これ食べて!!」

「あっずるい!!しーちゃんはい!」

まさしく瞬間移動を思わせる速さで、七夜の少女達が一斉に自分が作ったと思われる料理を差し出してきた。







「ふう・・・お腹一杯だ・・・」

その喧騒も一段落して、腹ごなしと酔い覚ましを兼ねてぶらぶらと歩く志貴は

「志貴、ずいぶんと飲まされ、食わされたようだな」

「あっ、晃・・・飲まされたよ・・・おじさん達に」

「はははは」

祝宴の一角で自分達のスピードで飲み食いしていた晃や誠達七夜の青年達の輪に交じった。

「所で志貴修行はきつかったか?」

「ああ・・・きつかったけど、それ以上に楽しかった。退屈には無縁だったし」

その代わり命の保障も無かったけど。

志貴がそう付け加えると一斉に皆笑う。

「笑うなよ」

ややむくれて志貴が言う。

「はははっ・・・悪い悪い。でも強くなったよな志貴」

「そうか?俺とかはあまり自覚無いんだけどな・・・」

「いや、強くなっている。俺たちも志貴が修行に出てから一心不乱に技を磨いてきたんだ」

「ああ、それでも、『閃の七技』は志貴みたいに全部会得出来そうに無かったからだったら会得したものを高める修行に切り替えたんだ」

それは彼らの判断は正しい。

「でもよぉ〜志貴はそれ以上に強くなっているし・・・」

そんな風にぶつぶつ言っていた所に誠が笑いながら一人づつ酌をする

「まあまあ、志貴は志貴、俺達は俺達だ。ぶつくさ言っていても仕方ないだろ?ほらほら、皆飲んだ飲んだ」

「おお〜こうなったらやけだぁ〜皆飲むぞぉ〜」

その掛け声と共に全員が『おーーーっ!!』っと、あおる様に酒を飲む。

その様をややひいた表情で見ていた志貴に誠が、そっとささやく。

「志貴、ここは離脱した方が良い。皆次は志貴に来るから」

「あ、ああ・・・サンキュ、誠」

「ああ、じゃあまた」







それから志貴がまたのんびり散策していると不意に袖を引っ張られた。

「ん?」

見ると、九歳位の少年が志貴の袖を引っ張っていた。

「えっと・・・志貴兄ちゃんだよね?」

その問い掛けに志貴は目線を同じにして答える。

「ああ、そうだけど」

その答えに少年は元気な声で、

「やった!!来てよ兄ちゃん!!」

そう言いながら志貴を引っ張る。

「はは大丈夫だって」

そんな勢いに笑いながらついて行くと、志貴達の次の世代の七夜の子供達がわいわい賑やかに食事を楽しんでいた。

「皆―――!!志貴兄ちゃん連れてきたぞーー!!」

その言葉に全員が志貴の方を向く。

「うわー!!本物だ!!」

そう言って周りを取り囲む。

「ねえ兄ちゃん!!『閃の七技』見せてよ!!」

「僕も見たい!!」

「私も!!」

「あたしも見たい見たい!!」

「ははは、わかったよ。じゃあ皆もう少し広い所に行こうか?」

『はーーーーい!!』

そう言いながら子供達と一緒に宴会の場から少し離れた広場に行く。

「じゃあ何から見たい?」

「俺、『双狼』!!」

「僕は『伏竜』!!」

「ずりぃーー!!『十星』見たいのにーー!!」

「僕も『十星』!!」

「お兄ちゃんの『十星』とても綺麗だって誠お兄ちゃん言ってた!!」

「じゃあ・・・まずは『十星』から行くけど良いかい?」

『うん!!』

懐から『七つ夜』を取り出すと、眼の前の大木に狙いを定めて放つ。

―閃鞘・十星―

その瞬間大木に十の穴が生み出される。

「すげぇーーー!!」

「僕見えなかった!!」

「まるでお星様みたい!!」

わいわい騒ぐ子供達は志貴の技を見てすっかり興奮した様だった。

「じゃあ、次は・・・そうだ、いっそ『七夜』から初めて『一風』までやろうか?」

「やってやって!!!」

「見たい見たい!!」

「じゃあ皆、少し下がって、広い所でするから」

『はーーい!!』

子供達が遠巻きに離れるのを確認すると志貴は何時の間にか用意した・・・おそらく子供達が用意したのだろう・・・木の人形に技を放つ。

―閃鞘・七夜―

―閃鞘・双狼―

―閃鞘・伏竜―

―閃鞘・八穿―

―閃鞘・八点衝―

―閃鞘・十星―

―閃鞘・一風―

まさしく瞬きする時間すら与えられず、技を繰り出す志貴、そしてそれを食い入るようにじっと見つめる子供達。

技が一通り終わると人形は原型すら留めず木の屑と化し、子供達からは一斉に大歓声が起こる。

「兄ちゃん凄いや!!」

「僕初めて、全部の七技続けてみた!!」

「兄ちゃんどうやって全部会得したの?」

「一杯練習したからだよ」

「じゃあ僕も全部会得できるかな?」

そんな不安を浮かべた一人の男の子の頭をそっと撫でる。

「ああ、会得したいって思っていればきっと出来るよ」

「じゃあ明日から練習頑張る!!」

「ああ、頑張れ」

決して志貴は無責任に言った訳ではない。

この少年に志貴はかつての自分を見たからに他ならない。

そう・・・父に憧れ追い求めた自分を・・・

「あれ?志貴君?どうしたの?」

そこに、一人の少女がやって来た。

「ああ、この子達が七技見たいって言うから見せてあげた所」

「ええっ?ご、ごめんねこの子達無理言って」

「はは、大丈夫だって。なあ・・・」

志貴が振り向くがそこにはもう子供達はいなかった。

「もう・・・逃げ足だけは速いんだから・・・あっ志貴君はゆっくりとしていてね」

それだけ言うと少女は駆け出した、無論標的は

「こらーーー!!志貴君に無理言っちゃいけないって言ったでしょ!!」

「わーーー!!逃げろーーー!!」

そんな声を遠巻きに聞きながら志貴は笑みを浮かべていた。







更に離脱した志貴は一旦喧騒から抜け出て草原に腰掛けていた。

「・・・懐かしいな・・・」

眼を閉じればそれだけでも思い出される幼き日。

ここで志貴は良く翡翠と琥珀、三人で遊んだものだ。

草むらに腰掛けてから夜空を見上げ、心地良い風にその身を任せているとそこに、

「あれ?志貴ちゃんどうしたの?」

「皆の所には行かないの?」

当の翡翠と琥珀が現れた。

「ああ、少し酔っちゃって・・・今酔い覚まし」

「そうなんだ・・・」

「二人は?」

「私達も同じかな?」

そう言いながら左右に腰掛ける。

それから暫く三人は風を感じながらただ黙っていたが、ふいに思い出したように懐から志貴は何かを取り出す。

「そうだ・・・はい、翡翠・・・琥珀、遅くなったけど返すね」

意識してかは不明だが二人を呼び捨てで呼ぶと翡翠には紺碧の、琥珀には純白のリボンを差し出す。

そう、旅立ちの日再会を約束して二人が差し出したリボンを・・・

「志貴ちゃん・・・」

「お、覚えて・・・いて・・・くれたの?」

それを手にした二人はそれを大事そうにぎゅっと握り締める。

琥珀に至ってはもう涙を浮かべて志貴を見つめている。

「うん・・・先生からは必ず約束は守るように言われていたから」

やや照れ臭そうに言う志貴に、感極まったのだろう。

「「志貴ちゃん!!」」

左右から志貴に抱きつく。

心底から嬉しそうな表情を浮かべて志貴の胸元で泣きながら・・・

「あ、ふ、二人とも・・・」

「志貴ちゃん・・・」

「私達ね・・・」

若干困った様な表情を浮かべた志貴に対して翡翠と琥珀は長年の想い全てを吐き出そうとしたが、その時草陰から物音が聞こえた。

「!!」

三人が緊張した面持ちで身構えるとそこには盛大に重なっている・・・

「もう、気付かれちゃったじゃないの!!」

「だって皆重いし・・・」

「私だって見たかったのに〜」

「み、皆・・・何見てるのよ〜!!」

七夜の少女達がいた。

「皆どうしたの?」

志貴の問い掛けに少女達は皆一応に表情を引きつらせる。

「え、えっと・・・志貴ちゃん達がいなくなったから〜」

「それで探しに来て〜」

「で・・・私達のことを覗いていたんですね?」

翡翠が無表情でずいと前に出る。

その手にはあの居合い刀が握られている。

「あはは〜皆さんいい根性ですね〜翡翠ちゃん、こういった人達には徹底的にお仕置きしないといけませんねぇ〜」

琥珀は志貴ですら今まで見た事の無い、笑っていない笑みを浮かべるとこちらも忍者刀を構えている。

「もちろんです姉さん」

志貴は止めようとしたが二人の凄まじい気迫と、何より琥珀の笑みに恐怖を覚え結局手を出すのを止めた。

「は、はははは・・・」

引きつった笑みを浮かべる彼女達に対して、

「「ふ、ふふふふふふふふ」」

冷た過ぎる笑みを浮かべる翡翠と琥珀。

そして遂に

「皆・・・逃走!!」

散り散りに逃げ出した彼女達に

「「待てーーーー!!!」」

二人は一斉に追いかけだした。

「は、ははははははは・・・逞しくなったな・・・二人とも・・・」

それを尻目に志貴はただただ乾いた笑みを浮かべる事しか出来なかった。







そんなこんなで賑やかな帰宅第一日目の夜は更け翌朝、

「うんっ・・・ふぅ〜良く寝た〜」

時差ぼけは無論、二日酔いを微塵も感じさせる事も無く、志貴は早朝に眼を覚ます。

その足で台所に向かうと、

「ほら翡翠そこでお味噌を入れるのよ」

「えっと・・・こうかな?」

「そうそう翡翠も少しづつ上手になって来たわね」

「うんうん、翡翠ちゃん上手くなってきたよ」

「本当!!」

翡翠・琥珀・真姫が揃って朝食の準備をしていた。

「おはよう、母さん、翡翠、琥珀」

「あら?志貴、良いのよまだ寝ていても」

「いや、なんか早く眼を覚ましちゃって・・・」

「あらあら・・・」

そんな志貴に真姫は笑う。

「どうせだったら何か手伝う?」

「そうね・・・でももう直ぐ出来るから・・・志貴はご飯全員分盛ってくれるかしら?」

「わかった・・・えーっと・・・翡翠、茶碗は?」

「えっ?・・・あっ・・・そこの棚」

「ありがとう。琥珀、量はどれくらい?」

「えっと・・・そんなに多くなくて良いよ皆朝は小食だから」

「わかった」

志貴は手際良くご飯を五人分よそおって行く。

「ねえ志貴?」

と、そこに真姫が声を掛けてきた。

「??母さんどうかした?」

「志貴何時の間にか二人を呼び捨てにする様にしたのね」

「へっ?・・・あ、うん・・・二人ともびっくりする位綺麗になったし、『ちゃん』付けも恥ずかしいかなっと思って」

「あらあら、志貴も少しは女の子の気持ちに考えを持っていくようになったの?」

「い、いや、そう言う訳じゃないんだけど・・・あっ二人はどう?もし呼び捨て嫌だったら・・・」

「「呼び捨てで良い!!」」

「と、言っているわよ志貴?」

「ははははは」

「おっ?志貴ずいぶん早いな」

「父さん、おはよう」

ああ、と頷いてから

「まあ丁度良いか・・・志貴朝食が終わったら少し話がある、修行の報告を正式に聞きたい。部屋に来てくれ」

「はい」

「御館様、志貴さあ、ご飯にしましょう」







「「「「「いただきます」」」」」

その声と共に朝食が始まる。

「はあ・・・懐かしいや・・・普通の朝ご飯」

志貴はしみじみと呟き味噌汁をすする。

「あら?志貴、向こうはどんな朝ご飯を食べていたの?」

「一年前まではかなりの確率で朝昼晩とカレー尽くしだった・・・」

「??・・・蒼崎はそういったものは好物じゃなかった筈だが・・・」

「先生じゃなくて他の人」

それが誰なのか?もちろん言うまでも無い事であったが。

「ねえ志貴ちゃん・・・これ美味しい?」

「うん、美味いよ。琥珀が作ったの?」

「うん・・・」

「と言うよりも私と琥珀が全部作ったわよ」

「お、お母さん!!」

「あれ?母さん、翡翠は?一緒に朝ご飯作ってなかった?」

「翡翠には下拵え位しか、やらせていないのよ」

「何で?」

「志貴ちゃん、翡翠ちゃんお料理が苦手なんです」

「ね、姉さんまで!!」

「確かにな・・・翡翠の場合料理の腕は悪くは無い筈なんだが、味付けの段階になると全てが台無しになるほど急激に悪くなるからな」

「覚えていない?以前翡翠が作ったチョコレートで志貴、危篤まで追い込まれた事?」

確かにそんな事があったが・・・

「でも、あれは皆が色々入れたから・・・」

「それに加えて翡翠の腕も原因だったのよ。あれで一番酷い症状だったのは志貴だったから」

「皆ひどい・・・」

翡翠が半分涙眼になりつつあったので志貴が慌てて話題を変えた。

「そ、そう言えば部屋もかなり綺麗になっていたよね。あれも琥珀が?」

それを聞いた途端今度は琥珀が一歩引き翡翠が前に出る。

「ううん!!私が志貴ちゃんの部屋を掃除したの!!」

「翡翠が?」

「姉さんにさせたら志貴ちゃん、昨日部屋で寝れ無かったよ!!」

「そ、そんな・・・大げさな・・・」

「志貴大げさじゃないわよ」

「母さん・・・」

「一度だけ琥珀に志貴の部屋掃除させたんだけど・・・どうすればあそこまで荒らせるのかしら・・・」

遠い眼でそう呟く真姫。

「い、一体何があったの?」

「知らない方が良いわよ志貴。世の中には知らない事の方が幸せだと言う事もあるということをあの時ほど実感した事はなかったもの・・・」

「結局二日がかりで志貴ちゃんのお部屋ちゃんと修復させたんだから」

「修復って・・・」

「酷いよぉお母さんも翡翠ちゃんも」

「志貴、琥珀の場合掃除と言うのは散らかすと言う言葉と同意語と思え」

さり気なく黄理が止めの一言を発する。

「父さんも・・・」

「・・・ぐすっ・・・」

「と、とりあえず琥珀は料理が出来るんだし翡翠は掃除が得意なんだからそれで良いんじゃないの?」

半分慰めでそう言うより他になかった。







賑やかな朝食が終わると志貴と黄理は当主の間に向かう。

「さて、志貴修行の方ご苦労だった」

「いえ、五年間楽しめましたから」

「そうか・・・で成果のほうはどうだった?」

「はい、先生方のご尽力で『極の四禁』の完全な会得には到達しました」

「そうか・・・そう言えば向こうで有名になったようだな」

「はい・・・なんか『真なる死神』と呼ばれて・・・」

「ああ、俺も蒼崎から一通りの事情は聞いた。魔を助けるとはな・・・まあ、お前なりに考えての結論であるなら文句は無い」

「はい、申し訳ありません御館様」

「まあ良いさ。後、お前が連れてきたあの猫あれも魔か?・・・というより猫が人になるのだから、魔以外の何者でもないが」

その言葉の通りレンも昨日の内に紹介を済ませて、今レンは朝食のミルクと琥珀特製ケーキを食べて縁側でまったりとしている。

「はい、先生の話だと夢を操る魔と言う事で、俺が引き取って世話をしています」

「ふむ・・・とりあえずそれについても志貴、お前に全て一任するが・・・」

「それで構いません。所で父さん」

「何だ?・・・」

「翡翠と琥珀の事だけど・・・」

「ああ、退魔剣術の話聞いたのか?」

「うん・・・大丈夫なの?二人とも俺が里を出るまでは訓練もまったくしていなかったし・・・」

「いや、その点については心配いらないと言う事だ」

「どう言う事?」

「ああ・・・真姫の話だと退魔剣術の修行の開始はあの頃が丁度良いと言う事だ。それでも七夜の体術をろくに覚えていない二人にはきつい修行だったようだが・・・」

「それでも・・・」

「志貴、戦闘能力についての心配はまるでいらん」

「えっ?」

「二人とも霊力を全身に行き渡らせれば、二人とも晃と誠に匹敵・・・若しくはそれ以上かもしれん」

「そんなに・・・」

「ああ。それに二人が厳しい修行に耐えたのも全ては・・・」

そこまで言った時だった。

「失礼しいたします、御館様、今志貴を訪ねて王漸様が見えられました」

と、襖を開けて真姫が顔を出してきた。

「王漸の爺様が?」

「はい、少々『七つ夜』を見たいと・・・」

「邪魔をする」

そんな会話を遮るように、壮年の男が入ってきた。

七夜王漸・・・七夜においてその人ありと言われる武具鍛冶師である。

その腕はまさしく天才的と言われ、志貴の『七つ夜』も打ち直しには彼の手を借りて作られた。

「志貴久し振りだな」

「はい、王漸の大叔父上もご壮健で」

「志貴この爺様は殺したってくたばらねえよ」

「黄理何か言ったか?」

「いえなにも」

そんな皮肉の応酬を終わらせると黄理はまじめな表情で尋ねる。

「で、爺様、何で志貴の『七つ夜』を見たいなんて言い出すんだ?」

「いや、何、志貴が真に『極の四禁』を極めたか確かめたいものでな」

「確かめる?それだったら志貴に実際『極の四禁』をやらせれば・・・」

「そういった意味ではない、志貴とにかく『七つ夜』を見せてくれんか?」

「はい」

志貴はすぐさま懐から『七つ夜』を取り出す。

それを王漸は刃を透かしたりして凝視していたがやがて一つ頷くと、

「ふむ・・・志貴一日・二日預かるが構わんな」

「はい」

「そうか・・・では明後日、俺の家に来い」

そう言い王漸は『七つ夜』を手に居間を後にしようとした所、お盆に茶碗を載せた真姫が現れた。

「王漸様どうぞお茶を」

「いや、気遣いは結構・・・と言いたい所であるが、粗茶だけいただこう」

ぐいっと王漸は一息で茶を飲み干すと、今度こそ居間を後にした。

「いいのか?志貴」

「ええ、どうせこれから出るつもりでしたから」

「出る?」

「はい、師匠から頼まれごとがありましたからそれを」

「ほう、で何処までだ?」

そう聞かれ、志貴は夕べ確認した場所を事も無げに答えた。

「えっと・・・冬木市です」

「そうか・・・かなりの遠出になるな」

「そうだね、まあ日帰りの予定だけど、最悪どこか宿でも取るよ。幸い先生が渡してくれた旅費が残っているから」

「そうか・・・では志貴その前か後でも構わんが時南の藪医者の所にでも行ってこい」

「えっ?時南ってあの爺さんの事?まだ健在なの?」

かつて、診断を受けた事のある志貴は驚きを覚えた。

「あの爺、マジで百歳まで現役を通すだろうなおそらく・・・まあ、それはさておき、志貴が帰ってきたら一度うちに顔を見せろとうるさいからな、整体を受けるついでに顔を出して来い。あのヤブ、整体だけはましなほうだからな」

「わかった。じゃあ、冬木に行く前にでも受けてくる。じゃあ、行ってくるよ」

「ああ、気をつけて行け。翡翠と琥珀にはどう伝えておく?」

「父さんから言っておいて」







それから数時間後、志貴は時南医院にいた。

「さてと」

志貴は呟き呼び鈴を押す。

「すいませーん!!七夜ですが時南の爺さんいますかーーー」

その声にお手伝いの人と思われる中年の女性が出て来た。

そしてその人の案内で診察所に入った志貴を直ぐに時南宗玄が出て来た。

「おお、小僧久しぶりじゃな。生きて帰ってきたか」

「いきなりご挨拶だな爺さん。早速だけど整体頼むよ」

「判った、さっさと服脱いで、横になれ」

「はいはい」

皮肉の応酬をまずは軽く行い志貴は上着を脱ぎ寝台に横になる。

「どれどれ・・・よっ」

「いてててててててて!!こらくそヤブ!!思いっきり捻るな!!」

「こんなのまだ軽い方じゃ、だまっとらんか」

「黙っていられる・・・ぎぇえええええ!!」

そんなこんなで次々と志貴に悲鳴を上げさせてから宗玄は志貴に起きる様に促す。

「いつつつつつ・・・爺ここは整体所か?それとも拷問部屋か?」

「ふん、親子揃って口の減らん。身体の方は問題無い、ただ少し右に重心が偏っておる様じゃったから強制的に直しておいたぞ」
「それか・・・あ〜いてて」

「それでどうする?後は朱鷺恵の奴に鍼でも打たせるが・・・」

その言葉が終わらない内に、診療所の扉が開きそこに女性が入ってきた。

先程のお手伝いの女性とは明らかに違う若い女性、志貴には見覚えがあった。

かつて、診察を受けた時に、色々と面倒を見てくれた姉とも取れる人。

何より『トキエ』と言う名前に惹かれたことを覚えている。

「朱鷺恵姉さん?」

志貴は確信を持ちながらも確認の為にそう聞く。

「えっ?・・・あっ志貴君?」

「はい、お久しぶりです」

「久しぶりね〜ホント大きくなったわね」

「ああ、朱鷺恵、丁度良い時に来たな、坊主に鍼で打ってやってくれ。わしは一休みしてくる」

「はいはい、ごゆっくり」

そんな会話の後宗玄は診療所を後にする。

「さてと、じゃあ志貴君うつ伏せになって」

「はい」

そう言って志貴は素直に再度横になる。

それから朱鷺恵は手慣れた様子で鍼を打っていく。

「それにしても志貴君逞しくなったわね」

「そうですか?俺としてはそんな自覚無いんですけど」

「なっているわよ。私を誰だと追っているの?志貴君の診療で志貴君の裸までみた朱鷺恵お姉さんよ」

「あうっ・・・姉さんお願いだからそれ言わないで本気で恥ずかしいから」

真っ赤になって志貴はお願いする。

笑いながらそれでもてきぱきと一通り鍼を打ち終わると志貴が起き上がる。

とそこには、

「ふふっ・・・でも、ほんとすっごく逞しくなっているし・・・」

なにやら怪しい表情で志貴を見つめている朱鷺恵がいた。

「あ、あの・・・朱鷺恵姉さん、一体何処を見て仰っているのでしょうか?」

一瞬嫌な汗をかいて下着・・・パンツ一丁の志貴がやや、後ずさる。

「そんなの決まっているでしょ?志貴君よ・・・なんてね冗談よ」

そんな表情から一変して、いつもと変わらない口調で笑う朱鷺恵にほっと息を吐くと志貴は改めて服を着る。

「もう勘弁して下さい、姉さん。人をからかうのは」

「あらあら、ごめんなさい志貴君。でもね、この程度で音を上げていたら琥珀ちゃんにもっと酷い目に合うわよ」

「へっ?琥珀に?」

「ええ、琥珀ちゃんあの歳だけど、薬の取り扱いに長けているのよ。無論モグリだけど」

「当然でしょう。薬剤師の免許は取れないかと」

「そうよね。でもお父さん直伝だから腕は確かよ」

「は、ははは・・・まさか性格まで受け継いでませんよね?」

「さあ、それはどうかしら?」

肯定も否定もしない朱鷺恵の言葉に志貴は背筋にいやな汗を感じた。

「さ、さてと、じゃあ朱鷺恵姉さん、俺はこれで失礼します。また時間を見て爺さんの整体を受けに来ます」

「ええまたね・・・あっそうだ志貴君」

「はい?」

志貴が振り向いた途端、

志貴の頬に朱鷺恵の唇が当たる。

「!!!な、なななななな」

「改めてお帰りなさい志貴君」

すっかり動転した志貴を他所にその反応を楽しげに笑う朱鷺恵。

「え、えっと・・・し、失礼しました!!!」

「ええ、また来てね」

脱兎の如くその場を後にする志貴の背中におかしげな朱鷺恵の声が響いてきた。







「ふう・・・姉さんは本当に・・・さてと・・・」

愚痴を言いながらも、整体と鍼を受けて心なしか身体が軽くなった様な気がする志貴は駅に向かう。

目指すのは冬木市。

そこにいるゼルレッチの弟子に会いに・・・

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